
形式知から、
身体知へ。
人間は、何をもって
「知っている」と言えるのだろう。
AIが言葉を操る時代に、
人間が世界を知るということを、
聞く・触れる・見るという
体験から探究する全3回。
自分のことは、自分が一番よくわかっている。
そう思っていた。
自分で考え、自分で決める。
周囲の期待に応え、
与えられた役割を果たし、
そのときどきで、
最善だと思う選択をしてきた。
何が必要で、何をすべきか。
どうすればうまくいくのか。
考えることで、道を切り拓いてきた。
けれど、ふと立ち止まったとき、
こんな問いが浮かぶことはないだろうか。
「私は、本当はどうしたいのだろう」
何をすればいいかは、わかる。
どうすればうまくいくかも、わかる。
それなのに、
自分が何を望んでいるのかは、
よくわからない。
これまでと同じように考えても、
答えが見つからないことがある。
だからこそ、
もっと違うものに触れてみたくなる。
瞑想を始めてみる。
東洋思想を学んでみる。
芸術に触れてみる。
頭で考えるだけでは届かない何かが、
そこにあるような気がするから。
けれど、ここで一つ、
考えてみたいことがある。
私たちは、自分を知ろうとするときも、
いつもの「考え方」から
離れられずにいるのではないだろうか。
自分の気持ちを分析し、理由を探し、
言葉にして理解しようとする。
それは、
自分を知るための大切な方法だ。
でも、自分を知るということは、
自分について説明できるようになることだけ
なのだろうか。
そして今、
AIもまた、言葉を操る。
膨大な情報を集め、整理し、比較し、
筋道を立てて答えを返す。
これまで人間が知性の働きとして
磨いてきたことを、
AIが担うようになってきた。
では、人間にしかできないことは何だろう。
感性だろうか。
創造性だろうか。
けれど、人間にできることを探す前に、
問い直してみたいことがある。
そもそも、
私たちは「知る」ということを、
どのように捉えてきたのだろう。
言葉で説明できること。
理由を示せること。
筋道を立てて理解できること。
私たちは、
そうしたことを大切にしてきた。
もちろん、
それらは世界を知るために欠かせない。
けれど、言葉で説明できることだけが、
「知っている」ということなのだろうか。
言葉になる前から、私たちは世界に触れている。
声を聞く。
ものに触れる。
景色を見る。
誰かと関わる。
私たちは日々、
さまざまなものに出会い、
そこから何かを受け取っている。
そのすべてを、
すぐに言葉にできるわけではない。
うまく説明できないけれど、
なぜか心に残るもの。
理由はわからないけれど、
何かが違うと感じる瞬間。
そうした経験を、
私たちはどのように知っているのだろう。
それは、ただ感じることでも、
直感に従えばいいということでもない。
言葉で理解することとは違う、
世界との関わり方を探究すること。
形式知と身体知。
知識として説明できることと、
身体を通して知っていること。
どちらか一方を選ぶのではなく、
人間が世界を知るという営みを、
もっと広い視野から捉え直してみる。
そのための手がかりが、
日常のなかにある「聞く・触れる・見る」
という行為です。
聞く・触れる・見る。
いつもの世界を、
いつもとは違うところから知る。
私たちは普段、音を聞き、ものに触れ、
景色を見ています。
けれど、そのとき自分が何を受け取り、
どのように世界を捉えているのかを、
立ち止まって確かめることは、
あまりないかもしれません。
このシリーズでは、身近な行為を入口に、
自分と世界との関わり方を探究します。
知識を増やすためでも、
何かを上手に表現するためでもありません。
すぐに意味を与えたり、
正しい答えを見つけたりすることを急がず、
実際の経験を手がかりに考えてみる。
いつもと同じものに触れていても、
受け取り方が変われば、
そこから見えてくるものも変わるかもしれません。
頭で理解することだけでは捉えきれない、
「知る」という経験に出会う。
これからの時代を、
私たちはどう生きていくのか。
その問いを、
頭の中だけで考えるのではなく、
自分自身の体験から
探究していく全3回のシリーズです。
ワークショップの内容
第一弾|聞く
2026年11月3日(火・祝)
私たちは、何を聞いているのだろう。
いつも何気なく行っている「聞く」という行為。その当たり前を少し離れたところから見つめ、世界を受け取るということを探ります。
第二弾|触れる
2026年12月13日(日)
触れることで、私たちは何を知っているのだろう。
身体を通してものや世界と関わること。その体験を入口に、言葉や知識だけでは捉えきれない「知る」というあり方を探ります。
第三弾|見る
2027年1月16日(土)
私たちは、目の前のものをそのまま見ているのだろうか。
同じものを見ていても、誰もが同じように見ているとは限りません。「見る」という行為を入口に、自分が世界をどのように捉えているのかを探ります。
3つのテーマを通して、普段は当たり前に行っていることを、いつもとは少し違う角度から見つめ直します。
※1回のみの参加も可能です。3回を通して参加することで、「知る」という営みを異なる角度から探究できます。

世界の見え方が、
ほんの少し変わるかもしれない。
知識を得ること。
考え、理解し、説明すること。
それらを大切にしながら、
それだけでは捉えきれないものにも
目を向けてみる。
自分は、何を見ているのか。
何を受け取り、
何を知っていると思っているのか。
いつもの日常を入口に、
人間が世界を知るということを、
一緒に探究してみませんか。

こんな時期にいるあなたへ
・頭ではわかっているのに、何かが置いてきぼりになる
・身体を通して、自分の感覚に触れてみたい
・AIではなく、人間だから感じられるものを探してみたい
体験を通して、言葉になる前の感覚へ戻っていく全3回シリーズ
形式知から、身体知へ。
開催日:
第1弾:2026年11月3日(祝火) 残5
第2弾:2026年12月13日(日)
第3弾:2027年1月16日(土)
時間:14:00〜16:00
会場:東京都・世田谷区
定員:各回 6名まで
参加費:
1回: 税込 5,500円
3回一括申込:税込13,200円
リピート割引:税込 5,000円
(以前「詩と瞑想」に参加された方)
持ち物:筆記用具
※ お支払いは、銀行振込による一括払いのみとなります。
※ お申し込み後のキャンセル・返金は承っておりません。
主宰者プロフィール
身体と言葉。それぞれ異なるアプローチから、普段は立ち止まることのない感覚や認識に目を向ける。
日常の当たり前を少し離れ、世界との関わり方を見つめ直す。そんな豊かな時間をご一緒できたら嬉しく思います。
身体のパート

福留幾子 (Jivan Dhara)
真美文藝 上席研究員
忙しく働く日々のなかで、自分の感覚を後回しにし、心や身体の声に耳を傾けられなくなっていた時期を経験する。
瞑想や詩との出会いを通して、身体感覚と生きる実感をあらためて見つめるようになる。現在は、身体を通して自分や世界と出会い直すことの大切さを伝えている。
言葉のパート

豊田ふみこ
真美文藝 主宰
株式会社LuGEND 代表取締役
詩・禅・美を中心とした人文知を背景に、私たちが世界や人間をどのように捉えているのかを探究する。
詩や写真、対話などを通して、当たり前だと思っていたものの見方を問い直す人文知コミュニティ「真美文藝」を主宰。
感覚と言葉のあいだにあるもの、そして、言葉によって世界を理解することの可能性と限界を探究している。

言葉の海に生まれた私たちへ。
言葉を捨てるのではなく、
言葉の手前へ。
聞いて、触れて、見て。
あなた自身の中にある
〝最初の感覚〟を、
一緒に探してみませんか。
